沖縄の古い建物を探す!【安慶田周辺】
今回は地区を限定。古い建物が多いので、まとめて紹介していきます(^^)
沖縄市の胡屋交差点周辺は、1960年代頃は、米軍とその関係者が多く、大変盛んな場所でした。
この越来村と呼ばれた、かつて農村だった地域は、米軍の「キャンプ・コザ」が置かれ、一時はコザ市という名称に。米兵向けの飲食店や特飲街が軒を連ね、ベトナム戦争時期にピークを迎えます。
今回、紹介する「安慶田」や「照屋」区は、その周辺地域となっており、コザの活況と比例して人口も増加していきます。今でも当時の建築物が残る貴重な場所です。
塀や建物に”花ブロック”があります。奥にはセメント瓦の住居も。
セメント瓦は、それまでの赤瓦よりも安上がりだったことから、急速に普及していきました。「復興瓦」との別称もありますが、ガリオア資金という米国政府の援助に由来します。
ちなみにガリオア資金(GARIOA)とは、 Government and Relief in Occupied Areas Fundの略で、文字通り、占領地の救済援助のために拠出される資金のことです。
戦後まもなくから1950年代頃まで、沖縄にも多く拠出されたのでした。
店名は、壁に直に書きます。昔ながらの建物に看板が少ないのは、台風の影響もあるのかもしれません。
ともすれば陰鬱な雰囲気になりそうですが、人々の歴史や生活をリアルに感じることができます。
格子状の花ブロックが、屋上だけでなく、ベランダや駐車スペースにも見られます。
いかがでしたか(^^)
照屋地区は、”銀天街”と言う商店街もあります。寂れて久しいのですが、最近では若い起業家たちが盛り上げようと、色々な企画を催したりもしています。
まだまだ魅力のあるこの地区。随時更新していきたいと思います
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